キミとの距離は1センチ
「あの、『Spica―スピカ―』のキャッチコピー……【一等星は、キミだ。】っていうのも、伊瀬くんが考えたんだって?」

「ええ」

「あれも、いいね。こう、ズドンと胸に来る感じが……あ、もしかして、きみにもそういう相手が、いるのかな」



冷やかすような、その社長のせりふに。どくんと、心臓がはねた。

一瞬の間の後、伊瀬が小さく、笑い声を漏らす。



「ははっ、お恥ずかしながら。……あと1センチ、届かないんですけどね」


「……ッ、」



──『あと1センチ』。

その言葉で、伊瀬が、わたしのことを思い浮かべているのだと理解した瞬間。

ぶわっと胸の中に、何とも言えない気持ちが、広がっていく。


切なくて。

苦しくて。

だけど、……とても、いとしい気持ち。


いせ、……伊瀬。

あと1センチ、届かないなんて。そんなの、わたしの方こそ、思っていたことだ。

あと1歩、あんたに届かない。あと1歩が、踏み出せない。

だって、いつだって伊瀬は──わたしの少し前を、歩いていたから。

手が届かない、存在だったから。
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