キミとの距離は1センチ
若いっていいねぇ、なんて快活な笑い声と共に、ひとり分の足音が遠ざかって行く。

それを確認して、わたしはゆっくりと、壁に預けていた背中を浮かせた。



「……佐久真?」



踊り場から今まさに足を踏み出そうとしていた伊瀬が、わたしに気付いて驚いたように名前を呼んだ。

そんな彼を、眩しいものでも見るように、目を細めて見上げる。


階段の上にいる伊瀬と、下にいるわたし。

わたしは、今まで……無意識に、伊瀬との間にこれくらいの距離感を、感じていたのかもしれない。

伊瀬は優秀で、強くて、落ち着いていて、やさしくて。

ずっとずっと、上を歩いているから。わたしなんかじゃ、手を伸ばしても届かないってあきらめて。


伊瀬はいつだって、わたしの隣りを歩いていてくれたのに。



「……伊瀬、」



名前をつぶやいて、一段ずつ、階段を昇っていく。

彼は、その場に留まって、わたしを見つめながら待っている。

それだけのことが、うれしかった。
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