キミとの距離は1センチ
俺の心情なんて知ってか知らずか、にこやかな表情で宇野さんは続ける。



「忙しそうだね、マーケティング部のエースは。評判は量販営業部にまで届いてるよ」

「まだまだ未熟で至らないところだらけです。宇野さんこそ、量販営業部のエースでしょう」



ていうか俺、これから打ち合わせなんだけど。こんなところで立ち止まって薄ら寒い褒め合いしてる場合じゃないんだけど。

宇野さんデカいから、見上げるの大変なんだっての。床に這いつくばってくれればいいのに。


内心のどす黒い心の声は無表情に隠して、当り障りのない雑談を繰り広げる。

すると不意に、ふふ、と宇野さんが笑った。



「ごめんごめん、引き止めすぎたね。そんなコワイ顔しないでよ」

「……コワイ顔なんてしてませんが。別に、『ブルバ本社の王子様』に引き止めていただけるなら、光栄ですよ」

「ふふ。まあ、わざとだけどね」

「………」



このクソキツネ野郎……。

前から思ってたけど、この人は絶対、俺の佐久真に対する気持ちに気が付いてる。

そして気付いてるうえで、俺をからかって遊んでいるのだ。……くっそ能天気佐久真も騙されてるんじゃないのかこの腹黒キツネ野郎に。
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