キミとの距離は1センチ
「うんまあ、そろそろ俺も行こうかな。伊瀬くんが会議に遅れたらかわいそうだし」

「……お気遣いありがとうございます」

「またね、“若”くん」

「………」



最後まで口の減らない人だ。身長縮めばいいのに。

宇野さんが上りの矢印がついたボタンを押すと、すぐにエレベーターは口を開いた。

とっとと乗り込むのかと思いきや、ドアを片手で押さえながら、宇野さんはくるりとこちらを振り返る。

笑みを形作るその顔を、怪訝に思いながら見返すと。



「そんな、コワイ顔しなくてもさ。……きみの望みは、もうすぐ叶うと思うよ」

「な……」



どういうことかと、俺が口を開くより先に。

宇野さんは意味ありげな微笑だけを残して、エレベーターの分厚いドアの向こうへと消えた。


……なんなんだよあの人。ほんと訳わからない人だな。

俺の望みが、叶う? 何それ、どういうことだよ一体……。


はあ、と思わず、大きなため息を吐く。

……そういえばさっき、宇野さんと話してるとき経理の青木が横通りかかったな。同期内で、佐久真と1番仲が良いヤツ。

なんだ、俺を見るあのものすごく残念そうな目は。アイツもたいがい失礼なヤツだよな。



「………」



がしがし頭をかいて、再びため息。

……わかってんだよ、自分の不毛具合は。

宇野さんと並ぶ佐久真を見るたびに、俺は打ちのめされてる。

それでも、だからって──……簡単に諦められるような気持ちでも、ないんだ。
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