キミとの距離は1センチ
そんな良くも悪くも飲み込みの早い伊瀬は、あごに手をやったまま口を開く。



「俺はあっさりした和食がいいです。煮物とか焼き魚とか塩味の鍋とか」

「あーはい、若も期待を裏切らないね。けど夏だから鍋はどうかなー」



さらさらとボールペンを走らせ、「じゃあ、決まったらまた連絡するわ」と内川さんは言い残し、軽やかにこの場を去って行った。

わたしは彼女の背中からそのまま、呆れたように伊瀬へと視線を向ける。



「あのさー。一応若い男なんだから、こうがっつりした肉とか揚げ物とかさ」

「いらん。もたれる」

「もたれるってあんた……じーさんか」



腕を組んでなぜかえらそうに言い切った伊瀬に、やっぱり呆れ顔でつっこむ。

伊瀬はいつもこの調子だ。若者らしいハツラツとした空気が感じられないし、同じ年頃の男と比べても妙に達観している。

そんなわけで、『若』というあだ名は『若年寄り』からも由来しているのではと、勝手にわたしは睨んでいたりするのだけれど。
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