10%
・大介のその後
「大介くーん、お疲れさまー」
妙子さんが華やかに登場した。
上映が終了した後の映画館、夜の8時半だった。
俺は掃除の手を止めて、シャッターを潜り抜けて入ってきた妙子さんを振り返って見た。
ダンナと喧嘩して泣きに映画館に来たあの晩以来、妙子さんは度々閉館後の映画館に来るようになった。
「今日はダンナが遅いから」とか「今日と明日は出張なの」とか言って。
そして、俺の仕事ですからと断るのを、二人でやったほうが早いし、と掃除を手伝うようになったのだ。
女子トイレはやっぱり私の方がいいでしょ?と笑って。
俺はため息をついて、強引な現実を受け入れた。
雇われ学生の俺に、拒否権なんて元からない。だから、トイレと事務所の掃除を妙子さんに任せて、俺は館内とホールの掃除に力を入れることにしたのだ。せめて、持ち場を分けようと。
音楽を聴きながら掃除をしているのはバレていたし、妙子さんは、それいいわねーと笑って自分も携帯音楽を持ってきていた。そして歌いながら掃除をしている。
それから俺のウォークマンはスイッチを入れてない。
妙子さんの楽しそうな歌声だけで、十分だった。閉館後の映画館のわびしさって、一体なんだったっけ?状態だ。
今日も妙子さんの歌声が聞こえる。
時折ハミングに変わるのは、歌詞がわからないからなんだろうなあ、と考えながらモップで床を擦る。
座席の一つにジュースの零したあとを見つけ、事務所の流しで雑巾を水で浸していた。
「掃除、終わったのー?」
ひょい、と妙子さんが後ろから手元を覗き込んできた。