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 赤いTシャツにジーンズをはいて裸足で砂まみれの段差に腰かけているのは、まぎれもなく井上さんだった。私服は初めて見た。キャップを被ってない長めの茶髪が海からの風に揺れていた。

 今日お休みなのに、職場裏の海岸に来てたんだ~!といきなり上がったテンションに嬉しくなってそっちのほうへ歩き出した。


 でも、すぐに足を止めてしまった。


 一人で座る井上さんを目指して歩くのが、あたしだけではないと気付いたから。

 さっきあたしが出てきた水族館の出口の横、従業員の出入り口らしいドアから出てきたのは噂の女性ドルフィントレーナー。

 手に鞄を持っているところをみると、仕事は終わって帰るとこらしかった。

 あたしはとっさに背をむけて、道沿いに並ぶ自動販売機を目指す。

 ジュースを選ぶ振りをして、偶然みてしまった二人の姿を横目で確認した。

 歩いていく彼女に気付いて、井上さんが手を上げた。

 彼女も気付いたようで、井上さんのところまで小走りで寄っていく。

 あたしはそれを横目で見ていた。

 二人で並んで座って、お喋りをしているようだった。

 あたしは自販機の前を離れてそっと移動する。もう少し二人に近くて、気付かれないところへ。

 でも二人は一枚の絵みたいにさまになっていて、楽しそうに笑っていた。あたしに気付くとは思えなかった。


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