泡影の姫
私が向かったのは、屋上だった。

この病院の屋上は日中なら割と自由に出入りができる。
フェンスも頑丈で高いため安全対策も万全だ。

残暑が厳しいこの季節わざわざ屋上に上る人なんていないだろうと思っていたけれど案の定誰もいなかった。

クーラーの効いた室内とは違い、むっと湿気を含んだ熱気が体にまとわりつくが、影になっている裏側は思ったより涼しかった。

フェンスに手をかければくしゃりと金網がきしむ音がした。
ここからは街がよく見える。

「いい眺めだな」

隣に来た湊が私に倣って景色を眺める。

「うん、夕焼けは更にきれいなの。リハビリがてらここに上ってはよく見てた」

ここに上ったのは、もうこれ以上の回復は望めないと松永先生に言われた時以来だ。

悲しくて、悔しくて。

どうしようもない現実を抱えて、私はここで一人で膝を抱えて泣いた。

もう2度と来ないと思っていたはずなのに、ここに湊と二人でいるなんてなんだか不思議な気持ちになる。
話すべき言葉が見当たらなくて、私たちはそのままここで景色を眺め続けた。
 
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