泡影の姫
「……泣かねぇよ」

私の方を見て湊は泣きそうな声でそう言った。
その目は、泣きたいくらい悲しいのに、無理して笑っていたから。

「じゃあ、歌っちゃおうか」

私はそう言って例の曲を口ずさむ。
人前で歌うのは恥ずかしい。
しかもいつも歌っている湊の前でなら猶更恥ずかしい。

けどこれで君の気が晴れるなら。

頑張ってみようって思った。

私に歌える曲は一曲しかなくて、それもサビしか知らないけれど。
それでも、湊みたいに歌えなくてもゆっくりメロディーを奏でる。

「下手くそっ」

少し苦笑した湊は、それでも私に合わせて歌ってくれた。
いつもとは違う泣きそうな声で。
彼のできる精一杯の感情をこめて。

私たちは日が暮れて施錠しに来た警備員さんに追い出されるまでずっと屋上で歌い続けた。

何度も、何度も、同じフレーズを繰り返し、繰り返し。

歌い続けることしか私たちにはできなかったんだ。

< 109 / 157 >

この作品をシェア

pagetop