泡影の姫
歩くことや呼吸をするのと、泳ぐことは私にとっては同じことだった。
水の中でだけ自由になれた。
その日あった嫌なこととか、今日の晩御飯は何だろうとか。
浮かんでくるそんな雑念が次第に水の中に溶けていって、何も考えられなくなる。
考えなくても息ができる。何も考えず、何もない。その静かな中で泳ぐことが私は好きだった。
いつか私も水の中に溶けてなくなるんじゃないかって、そんな錯覚さえ覚える。
そんな瞬間が、私はたまらなく好きだった。
きっと、ランナーズハイになったときみたいに脳内麻薬が分泌されているんだろう。
とても心地よい。そうなるともう完全に中毒だ。
朽ち果てるなら、水の中がいい。

水の中から生まれてきたのだから、水の中へと還っていきたい。

いつか形を変えるその日まで。

ずっとそう思っていた。
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