泡影の姫
「痛さとか、辛さとか、そんなのは本人だけのものだから、理解してやれない」

湊はそう言って私の濡れた髪を何度も撫でた。

「そんなの、別に望んでない」

分かったふりをされるよりもはっきりと分からないと言ってくれたほうがいい。
分かったふりをした言葉は、私の心をえぐるだけだ。相手にその気がなくっても、それは同情じみて響くのだ。

『つらかったね、分かるよ』

『大変だったね、分かるよ』

『大丈夫?何でも言ってね』

そんな言葉を聞き飽きて、私は耳をふさいだ。
私の中にあるどす黒い闇を簡単に分かられてたまるか。
そんなに言うんだったら、代わってよ。
何度そういいそうになっただろう。八つ当たりだと分かっていながら、胃が焼ける思いでその言葉を飲み込んだ。代わりに張り付けたような笑顔を向けお礼を述べた。

私は悲劇のヒロインになりたかったわけじゃない。
だからもう、気を遣うことも遣われることにも疲れてしまった。

たとえ同じ体験をしても、同じ痛みなんてありえない。
これは私だけのもの。そう主張することにも、もう疲れた。
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