泡影の姫
「それで、私に何しろって言うの?」

「湊を…連れ戻して欲しいの。もう、私の言葉なんて、全然聞いてくれない」

私は一人っ子だからキョウダイがどんなものなのか分らない。
だけど、これが異常なんだってことくらいは分かる。
たかが姉弟喧嘩くらいでこんな顔をするわけない。
全てのものに絶望した、世界を無くしてしまったときみたいな、そんな顔。

私はこの顔を知っている。
病院の鏡に映った、あの時の私だ。
会って間もないこの人のことを、私は心の底から嫌える。
だって彼女は少し前の私にとてもよく似ているから。

ズタズタに傷つけたいと思った理由が分かった。
私が傷つけたいのはこの人じゃない。
大嫌いな自分自身だ。

「私には、関係ないっ!!」

関わりたくない。
もうこれ以上、「私」を外側から見たくない。
分りたくない、聞きたくない、もう何も知りたくない。
脳内に流れ込んでくるすべての情報を拒絶してしまうことができたら、どれだけ楽だっただろう。
でも、私はこの場から逃げることも自分を守るための正しい行動もとれない。
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