泡影の姫
「他力本願で、そんな風に言うのはずるい、って思う」

「でも、私にはもう、湊のそばにいる資格なんて、ない…から」

「資格って何!?」

誰かが誰かのそばにいたいと思う時に一体何の資格がいるのか、私には理解できない。

「そう思うなら、なんでっ…」

私はたぶん彩愛さんと同じくらい泣きそうな顔をしていたのではないかと思う。
でもこの人の前でだけは絶対に泣きたくない。泣いてはいけない。

唇を噛みしめ、涙が溢れないように堪えながら、私は目をそらさずに彼女の右腕の傷を見続ける。
私の視線の意味に気付いた彼女は左手でそれを覆う。
それでもなお隠しきれない傷痕。

『そう思うなら何で、その傷を人目にさらすの?』

そう言って責めたてたかった。

隠そうと思えば長袖一枚羽織れば済むことなのにそれをしない。
それをしないということは意図的に彼女がこの傷をさらしているということになる。

一体何のために?
私の頭が勝手な想像を膨らませていく。
きっと湊はこの人から音楽を習ったのだ。
聞いたわけではない。でも湊と同じ大きな手を見て直感でそう思った。

そして世界を失った彼女は、もうギターを奏でることも歌を歌うこともしないのだろう。どういう経緯で彼女の右腕がダメになってしまったのか知らない。
それでも、湊はその傷を見るたびに思うのだ。
彼女に彼女の世界を取り戻すことができたらと。

そしてそうやって湊を引き留めるために彼女はあえて傷を人目にさらし続けている。
ずるい。
そして卑怯だ。

確証のない想像に私は腹立たしさを覚えながら、急速にイラついていく。
根拠はない。
でも大方間違っていないと思う。
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