泡影の姫
「楽しいこと、しようよ?」

あの日の湊をまねて私はそんなことを言ってみる。

「楽しいこと?」

首をかしげる湊。

「ついてくれば、分かるよ!」

私はそう言ってそれ以上言葉を紡ぐことをやめる。

あの日、湊は私にいろいろと〝楽しいこと〟を教えてくれた。

ゲームセンターも夜のプールも初めてで、新鮮で、楽しくて。

そして、湊は私の一番好きだったモノをもう一度取り戻すきっかけをくれた。

私には湊の好きなものも、湊が楽しいと思うものもよく分からない。

だけど湊に笑って欲しくて。

辛そうな、息苦しい顔は湊には似合わないから、湊に笑って欲しくて。

だからどうしても湊に見せたいと思った。

くだらないプライドも、過去の栄光も投げ捨てて、私はただ湊に「私」の「楽しい」を見せたいと思った。

そうすることで〝湊の楽しい〟が少しでも取り戻せたらって言葉にできない思いを伝えたくて。
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