泡影の姫
グランドを遮って坂を登りきった校舎から少し離れた特別棟。

ここに立ち入れるのは、一部の人間だけ。
私は財布からカードを取り出すと、久しぶりにそのドアのロックを外した。
本来ならこのカードキーはすでに返却しておかなければならないものなのだと思う。
でも自暴自棄になっていたから、そのままタイミングを逃してしまった。

中に入った瞬間に鼻をつく塩素のにおい。

私の大好きなにおい。

大切な場所だったところ。

「プール?」

「奥はね。こっち、ちょっと来て」

すぐそばにある階段を上がる。湊もそれに倣う。

「これ…全部お前の?」

「そうだよ」

「すげぇ数」

湊はそう感嘆を漏らす。
私は少しだけ微笑んで、ありがとうとお礼を述べた。

「これは、中等部の時の。あれは県大会で優勝した時の。あっちは大会新記録の…」

階段の途中に飾られた賞状や大会メダルに刻まれたたくさんの私の名前。

だてにトップだったわけじゃない。

でもそれは全部過去のもの。

そしてすぐに新しいものに塗り替えられてしまうのだろう。

この世界はそれだけ入れ替わりが激しい。

私が表彰台に上がり、それを手にすることはもう二度とない。
少し前だったら、全部根こそぎ破り捨てていただろうが、今日はそんなことをしに来たのではない。
それに、過去を向き合ってみても驚くくらい落ち着いている自分がいた。
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