泡影の姫
「ねぇ、見て」

2階はスポーツジムになっていて、そこの大きな窓ガラスからは下のプールが一望できる。

「あそこで泳いでる子、私の仲間だった人」

下のプールで泳いでいたのは相葉だけだった。
もう部活の時間は終わっているから、一人残って練習しているのだろう。
私もそうだったし、この時間はたいてい相葉と二人になることが多かった。

私は1コース。

相葉は8コース。

端と端。

けして交わることはなかった。

「彼女もね、水泳中毒だったみたい。それにライバルだし、私に憧れてたみたいよ?」

それは最近まで知らなかったこと。
足を壊さなければ、けして知ることのなかった事実。

「でも今は……今も自分のためだけに泳いでる」

相葉が25mをターンする。
彼女の泳ぎ方は相変わらずフォームがきれいだ。それにまた少し速くなった。
迷いもなく、ただ淡々と泳ぎ続ける。

相葉は今きっと何も考えてない。
私もそうだった。
頭の中は空っぽで、息継ぎの仕方だけを本能が知っている。
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