泡影の姫
「私も、自分のために泳いでた」

ただ、泳ぐことが好きだった。
選手として泳げる身体と環境。
それ以上は何も望まなかった。

本当はもっとそれ以外も見るべきだったと今なら思う。
そうだったら私はこの学校で一人ぼっちなんかじゃなかったかもしれない。
一緒に泳ぐ仲間と友達になっていたかも知れない。
応援してくれる誰かのために泳ごうと思えたかもしれない。
今の私には、もう叶えることはできないことだけど。

「だけど今日は、湊のために泳ごうと思う」

たった一度だけでいい。
どうか、見届けて欲しい。

「泳ごうと思うって…?」
「スポーツ観戦!!0.1秒の世界。しかも元エースと現エースの直接対決なんて超豪華で超楽しいよ?この学校の誰も見られない特別な戦いですよ」

わざと明るく笑って両手で湊の手を握る。
きっと無様な泳ぎになるだろう。
今の私が相葉に敵うわけなんてない。

それでも何か一つでも、私の気持ちが湊に伝わればいい。

そのために、全力で泳ぐ。

それが、きっと私にできる唯一のことで。

私にしかできない、唯一のことだ。

私が泳ぐことでもしも湊がほんの少しでも救われるなら、私の小さなプライドなんていらない。
泳ぐのに邪魔なものは、湊と不法侵入したあの日の夜に捨ててきたのだから。

私は、今の自分と向き合う覚悟を決めなければいけない。
ゆっくりと深呼吸をすると、まだ状況を読み込めていない湊を残して階段を下って行った。
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