泡影の姫
飛び込み台に上がるとき、私はいつも張りつめたような緊張感を感じる。

でもゴーグルをつけた瞬間、それらはすべて消える。

自分の心臓の音しか聞こえなくなる。

そして、信じるのだ。

今日が〝私の一番いい記録の出る日〟だと。

「位置について」

湊の声が届く。

「用意」

隣に相葉がいる。

「はじめ」

笛の音とともに飛び込む。

飛び込みは得意だったが、昔のように飛び込み台を蹴ることができなかった。
それどころか思いっきり蹴った瞬間、左足に急激な負荷がかかった。
鋭くえぐるような痛みが私の体を突き抜ける。
痛みに一瞬気を取られた次の瞬間には、相葉との差が開いていた。
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