泡影の姫
足の状態は思っていた以上に芳しくなかった。
こうなると分かっていたから、私は水泳選手を辞めざるをえなかったのだけど。

「私は、香坂さんはもっと冷静な方だと思っていました。なのに、こんな無茶をするなんて」

更衣室で足をさする私を見ながら、相葉はつぶやくようにそう言った。

「私、相葉さんが私に怒るとこ初めて見た。私たち、3年近くも一緒にいたのにお互いのこと何にも知らないんだよね」

思わずこぼれた私のつぶやきと笑みに、相葉は不意を突かれたように目を丸くした。

「変わりましたね、香坂さん」

「そう?」

「なんていうか、私の知ってる香坂さんじゃないみたいです」

間に合うだろうか?

例えば、泳げなくなった私だとしても、これから関係を作っていくことは可能だろうか?

そんなことを考えた。

「瑞希でいいよ。それにさ、同い年なのに、いつまで敬語使ってる気?私、もうトップでも選手でもないんだしさ」

踏み出してみよう。

まずは、小さな一歩でも。

そんな風に思えるようになったのは、まぎれもなく湊のおかげだ。

「ねぇ、私たち出会うとこから始めてみない?」

今の私は彼女の憧れにも、目標にもなれないけれど。
友達になら、今からでもなれるんじゃないかと思う。
そうなれればいいと思う。
まっすぐに泳ぐことが好きな彼女と。

「……今度大会があります。見に来てくれる?……瑞希」

ああ、伝わった。
こんな簡単なことだったのだ。
私は今までさんざん回り道をして、そしてやっとここまで来たんだ。

「必ずいくよ。蛍」

私は満面の笑顔でそう返した。
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