アプフェル―幽霊と恋とリンゴたち
墓地のリンゴ

アプフェル

俺の名前はアプフェル。通りかかった親子が俺を指差してそう言ったのが気に入って、自分でもそう名乗っている。


俺は、「リンゴ」だ。


大好きなお天道様の双子みたいな、この輝く引き締まった赤いからだは、ずいぶん気に入っていた。「いた」というのは、最近、幾分太り始めたからだ。先にポロポロ落ちていく仲間の一個から、それは「腐って」いるんだと聞いた。早くきれいなうちに人間に拾われようと、みんな躍起になって落ちたりもがれたりしていた。


冗談じゃない。俺の美しさが分からないような奴に、汚い服のはしっこでキュッと一拭きされただけで、パクリ、なんて俺はごめんだね。リンゴ魂ってやつかな。


そんな一匹狼だった俺には、常に仲間の冷ややかな視線が注がれていた。へん、「冷たい」目のおかげでまだまだ腐らないぜ。俺はいつも笑ってやった。


とは言っても、他のやつらが次々にいなくなっていくのは、さすがにちょっと寂しい。それに、からだも水っぽくなってますます太ってきたみたいだ。


「俺もおしまいかな……」


そうつぶやきながら、暮れていく空を眺める俺。夕焼けと孤独なリンゴ。詩的だ。


「寂しいか?」


唐突な誰かの問いに、俺は危うく落ちそうになった。


「馬鹿野郎!落ちるだろうが!」

「ご、ごめんよ」


しょんぼりした声が返ってきた。察するにこの木が話しかけてきているらしい。声は何度か聞いたことがあるが、会話をするのは初めてだ。


「おい、お前。この木、だよな」

「うん。相変わらず君は横柄だね。僕がその気になればふるい落とせるのに」


「やってみろ、明日からお前はひとりぼっちだ」


声は止んだ。


沈黙に気まずくなったのは俺の方だった。


「なんだよ、なんか話せよ」


「僕はシュテファン。君は?」


「アプフェル」


「僕ら、仲良くしていこうね。腐らないでくれよ」


「お前も俺を落とすなよ」


そんなやりとりをしているうちに、二人連れの男女がやってきた。
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