アプフェル―幽霊と恋とリンゴたち

決死の落下

しばらく沈黙が続いた後で、シュテファンがおずおずと言った。


「あのね、アプフェル。頼みがあるんだ」


「なんだよ」


「君に乗り移らせてほしい」


俺はまたまた落ちそうになった。


「ちょっと待て!お前は木だろうが!木から魂が抜けたら枯れるって聞いたぞ。まずいじゃないか!俺はどうなる?落っこちて、ムサイ野郎と、二人っきりで腐るのを待つだけだ!嫌だ!絶対に断る!」


「僕が女だったらよかったのかい?」


「考えなくもない」


きっぱりした俺の返事に、シュテファンがぽつりぽつり語り始めた。


「大丈夫、僕が君に乗り移っても、他の魂がこの木を支配するんだ。そもそもここは墓地だ。たくさんの人間が戦争で亡くなった……あまりに多くの人間が亡くなって、誰が誰だか分からなくなり、慰霊碑代わりにリンゴの木が植えられた。ここはそういう場所なんだよ」


「じゃ、じゃあ……この木にはたくさんの魂が……?」


「そう、記憶が薄れた魂から、木を通じてリンゴの実になり、やがて落ちていく。僕にはどうしても消えない強い思いがあり、リンゴにならずにこの木を巡り続けた。10年……やっとこの木の主になって、ある計画を実行できるようになったんだ」


すごい執念だ。そうか、俺は記憶を失った魂なのか。もしかしたら、俺にも叶えたい願いでもあったのかもしれないが、今は忘却の彼方だ。そう思うと、なんだかかわいそうになり、シュテファンの願いを叶えてやりたくなった。



「……わかった。で、計画ってのは?」


「ここにいると、僕は外に話しかけることはできるけれど、魂は縛られて出られない。だから、まずリンゴの君に乗り移り、さっきの連中の前に霊として姿を現す。その後は、遺したある人物の消息を知りたい」


「連中、やっぱり知ってるのか」

「まあね。部下だったんだ」


「隠さなくてもよかっただろ」


「ゾルダート時代の癖かな」


シュテファンは寂しげに笑った。その悲しみは、その時の俺にはまだわからなかった。


「さあ、行くよ」


「おう、どんと来やがれ」


沈黙の後で俺の中にやってきた気配……魂は、優しさと殺気という矛盾した雰囲気を持つ不思議な男だった。


「よろしくね。あ、言い忘れてたけど、君から霊として外に出るには、君に木から降りてもらわないといけないから」


「何い?!先に言え!」


ああ、今までの意地が……ええい、ここにいても腐るだけだ。勝手にしやがれ、こん畜生!


「いいか、俺につかまってろよ」


「お手柔らかに」


俺は決心した。昔聞いたような、どこかの国にあるというナントカの舞台から飛び降りる思いで、ぐいぐいと風の力を借りて、枝からからだを落っことした。


……グッバイ、俺の住み家よ……。
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