アプフェル―幽霊と恋とリンゴたち
二つの真実
自由だ……全てが軽い。そうか、あの狭いリンゴから解放されたのか。道理で皆、先を争って落ちていったわけだ。
俺も霊になったのだ。
ふと隣を見ると、男がいた。一筋の絶望の涙を流して。
シュテファンだった。
「ああ、全て分かった。あの男とアンナは、実はできていたのだ。だから、僕をわざとあんな危険な任務に就かせて、殺させたのだ……」
俺の目からも涙がこぼれ落ちた。
潰された衝撃で、全てを思い出したのだ。シュテファンを狙撃するように大統領から密命を受けたのが、この俺だったのだ。
何もかも仕組まれていた。アンナは大統領の目をひくために送られた美しきエージェントで殺人者だった。しかし任務に失敗してシュテファンに捕らわれた。だがうまく彼を誘惑し、再び大統領殺害の機会を狙っていた。そして大統領はアンナの美しさにひかれ、邪魔になったシュテファンを消すように俺に命じた。
俺は農民出身の、貧しい傭兵だった。いつかのしあがって、軍の司令部に務め、力を振るうのが夢だった。そして軍での出世と権力を約束され、いい気になってこの任務を引き受けた。
それは、一流の大統領警護団ゾルダートを敵に回すことだった。だが、俺はやり遂げた。そして、シュテファンを殺害した後、誰かに刺されて命を落とした。最期に聞いたのは、
「ボスの仇だぞぉ〜」
という低い声――。
俺は全てを告白した。許してくれとは言えなかった。彼の目を見ることもできなかった。彼の中に同居している優しさと殺意がせめぎあっているのを感じていたからだった。
「いいよ、相棒」
意外な言葉に、俺は虚を衝かれた。
「悪いのは閣下……いや、あいつさ。僕はあいつに忠誠を誓っていて周りが見えなかった。アンナのことも信じきっていた。だが、僕はやはりアンナが好きだ……しかし、アンナは僕といるよりも、あいつといる方が幸せだったんだよ、そう思えば、諦めがつく」
シュテファンは涙をぬぐって立ち去ろうとしていた。
「どこへ行くんだ」
「あいつをどうにかしてやりたいが、もう手を汚したくはない。アンナ……幸せなら、それでいい。リンゴの木にまた戻るか。リンゴの色は、血の色で、果汁は涙だと知ったからな。君はどうする?」
言い終わらないうちに、どこかで銃声がした。そしてアンナが叫んだ。
「あなた!あなた!シュテファン!聞こえますか?私は警護が厳しくて果たせなかったけれど、今、全てを知ったあなたの息子が……ルドルフが、あいつを撃ちました……あなた……愛しているのよ、あなただけを」
「息子……息子ができていたのか……」
シュテファンは顔を覆ったが、やがて叫んだ。
「逃げろ!ゾルダートはお前を追う!」
アンナの声はか細くなり、こう言い残して消えた。
「あなた、あなたの骨を埋めたリンゴの木の下で、私たち親子も……」
「アンナたちは死ぬ気だ!」
シュテファンは風に乗って駆け出した。
「止めに行く!」
「俺も手伝う!」
リンゴの木を目指して雲をかき分ける途中で、シュテファンがつぶやいた。
「ルドルフか……考えたな」
「なんのことだ?」
シュテファンは微笑んだ。
「昔、アンナが待つアジトに帰ってきた時の合言葉だったんだ。『リンゴを食べたいのは誰?』『ルドルフだ』ってね」
(了)
俺も霊になったのだ。
ふと隣を見ると、男がいた。一筋の絶望の涙を流して。
シュテファンだった。
「ああ、全て分かった。あの男とアンナは、実はできていたのだ。だから、僕をわざとあんな危険な任務に就かせて、殺させたのだ……」
俺の目からも涙がこぼれ落ちた。
潰された衝撃で、全てを思い出したのだ。シュテファンを狙撃するように大統領から密命を受けたのが、この俺だったのだ。
何もかも仕組まれていた。アンナは大統領の目をひくために送られた美しきエージェントで殺人者だった。しかし任務に失敗してシュテファンに捕らわれた。だがうまく彼を誘惑し、再び大統領殺害の機会を狙っていた。そして大統領はアンナの美しさにひかれ、邪魔になったシュテファンを消すように俺に命じた。
俺は農民出身の、貧しい傭兵だった。いつかのしあがって、軍の司令部に務め、力を振るうのが夢だった。そして軍での出世と権力を約束され、いい気になってこの任務を引き受けた。
それは、一流の大統領警護団ゾルダートを敵に回すことだった。だが、俺はやり遂げた。そして、シュテファンを殺害した後、誰かに刺されて命を落とした。最期に聞いたのは、
「ボスの仇だぞぉ〜」
という低い声――。
俺は全てを告白した。許してくれとは言えなかった。彼の目を見ることもできなかった。彼の中に同居している優しさと殺意がせめぎあっているのを感じていたからだった。
「いいよ、相棒」
意外な言葉に、俺は虚を衝かれた。
「悪いのは閣下……いや、あいつさ。僕はあいつに忠誠を誓っていて周りが見えなかった。アンナのことも信じきっていた。だが、僕はやはりアンナが好きだ……しかし、アンナは僕といるよりも、あいつといる方が幸せだったんだよ、そう思えば、諦めがつく」
シュテファンは涙をぬぐって立ち去ろうとしていた。
「どこへ行くんだ」
「あいつをどうにかしてやりたいが、もう手を汚したくはない。アンナ……幸せなら、それでいい。リンゴの木にまた戻るか。リンゴの色は、血の色で、果汁は涙だと知ったからな。君はどうする?」
言い終わらないうちに、どこかで銃声がした。そしてアンナが叫んだ。
「あなた!あなた!シュテファン!聞こえますか?私は警護が厳しくて果たせなかったけれど、今、全てを知ったあなたの息子が……ルドルフが、あいつを撃ちました……あなた……愛しているのよ、あなただけを」
「息子……息子ができていたのか……」
シュテファンは顔を覆ったが、やがて叫んだ。
「逃げろ!ゾルダートはお前を追う!」
アンナの声はか細くなり、こう言い残して消えた。
「あなた、あなたの骨を埋めたリンゴの木の下で、私たち親子も……」
「アンナたちは死ぬ気だ!」
シュテファンは風に乗って駆け出した。
「止めに行く!」
「俺も手伝う!」
リンゴの木を目指して雲をかき分ける途中で、シュテファンがつぶやいた。
「ルドルフか……考えたな」
「なんのことだ?」
シュテファンは微笑んだ。
「昔、アンナが待つアジトに帰ってきた時の合言葉だったんだ。『リンゴを食べたいのは誰?』『ルドルフだ』ってね」
(了)