融解温度
HRが終わり、部活へと散って行くクラスメイトを帰宅部の私は見送った。

及川大樹は職員室に呼ばれたらしく、閑散とした教室でTwitterを開く。

「今日は厄日だ…」と呟くと、二週間前にTwitterがきっかけで付き合い始めた彼氏、ユウトからのリプライがきた。

しばらく取り止めもないリプライの送り合いをしていると、今度はLINEの通知が表示される。

クラスのグループチャットに及川大樹が招待されていた。

無視してケータイを閉じ、読みかけの推理小説をリュックの中から水の入ったペットボトルと共に取り出す。

ゴクゴクっと口に含んで、左手に持ったままのキャップを閉めようとしたそのとき、右手からペットボトルが奪われた。

驚いて顔を上げるとつい先程まで私が飲んでいたそれを勢い良く飲む及川大樹の姿。

「…返してよ」

「ん?あぁわり、全部飲んじゃったわ」

「じゃあ捨てといてね」

「あいよ。…てかさぁ…」

隣の席から椅子を近くまで持ってきて、ドカっと腰を下ろす。

窓から差す光が黒髪をキラキラと照らして、影からのぞく真っ直ぐな目が私を捉える。

「久々の再会だってのに、お前冷たいよな〜。他人のフリすんだもん」

「勝手に引っ越したのはそっちでしょ」

「…苗字、変わったんだな」

「そっちこそ」

「中学ん時は苗字で呼んでたからなぁ…江上?」

「やめてよ、その苗字気に入ってない」

「じゃあ、真那」

「なに、及川くん」

「ふっ…おいおい、冗談だろ?」

「…大樹」

相変わらず、食えない奴だ。

そう思って視線を机に戻す。

ユウトからのLINE通知が来ていた。なんとなく、居心地が悪くなって、席を立とうとする。

「ねぇ…いい?」

「ここ教室だけど」

「誰もいないよ」

「先生が通るかも」

「今職員会議中だって」

「私彼氏いるし」

「今更じゃん?中学の時はよくて、今はダメなの?」

「……嫌って言ってもするくせに」

「はは。バレたか」

「お好きにどうぞ」

両手を挙げて降参のポーズ。

ゆっくり大樹が近づいてくる。

窓ガラスに背中を当てると、ほんの少しの間があいた。

「なに?」

「真那…好き?」

「またそれ?変わんないね」

「いいじゃん別に」

「うん。大好きだよ、大樹のキス」

「よかった…俺も大好き」

頬に左手が添えられる。

その手を包むようにして上目遣いに大樹を見ると、まるでどこかの王子様のような綺麗な顔。

その顔を、今この瞬間だけ独り占めできる。

あの頃から変わらない、私の密かな楽しみ。

焦らすように、頬からゆっくりキスが降りてくる。

唇の端っこにキスを落とすと、大樹は右手で私の腰を引き寄せた。

唇と唇がぶつかる直前、一回躊躇うように顔を離そうとする。

変わらない、大樹の癖。

だから、最後は私の方から唇を寄せる。

脳から融けていくような刺激の中、目を開けると、満足そうな表情。

そして、互いの視線が絡むとき、先に目をそらした方が負けとでも言うように、お互い見つめ合いながらゆっくりゆっくり唇を重ねる。

大樹はキスが上手いと思う。

優しく、そして愛おしいものを扱うようなキスは私の心を満たし、そしてそれに応えることで互いのさみしさを埋める。

それが、私たちの関係。

今どきは、こういう関係のことをキスフレンドと言うのだそうだ。

「…前は息ができなくて苦しそうだったのに、今日は随分余裕だね?」

「私も学習くらいするよ。チョコ、食べる?」

「そんな菓子ばっかり食べてるから太るんだぞ、ブタちゃん」

「うるっさいな…いらないの?」

「いる。」

包みを開けて自分の口に放り込む。

ビターチョコが舌の上で融けてしまう前に、大樹のネクタイを引いた。

「ん」

少しにやけながら私の舌を受け入れる大樹。

この食べ方が一番チョコレートを美味しく食べられると思う。

私も大樹も甘党だから、ポッキーゲームするときにどっちがチョコの方食べるかで喧嘩になったっけ…

ぼんやりする頭で思い出していた頃には、もうチョコレートは融けきっていた。
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