欲しがり屋のサーチュイン
タクシーの中で、肩が触れ合う。
二人して無言だ。
車内から見える夜景はどんどんその灯りの数を減らしていく。
…とんだ飲み会になってしまった。
千晶は聞こえないようにゆっくりとため息をついた。
…気に入ってたんだけどなぁ。雨の日のゆったり飲み会。
バカ笑い強制されるでもなく、無理矢理盛り上げるでもなく、たわいない話をしながら美味しいご飯とほどよいお酒。
目の前には少々童顔だが良い男。
お互いになんでもないような話をして、目の保養になる男が迫るでもなく口説くでもなく、ただただ酒の相手をしてくれる。
どうしようもなく荒れる気持ちを穏やかにしてくれる、良いサプリだったのに。
明日からまた雨の日は一人酒か、誰か捕まえて少しテンションを上げ気味にワイワイ酒、か。
少しくらくらする頭を手でささえる。
…久々に飲み過ぎてしまったか。
はしごも久々だったかもしれない。
そんなに遠い場所でもなかったので、窓からはもう千晶のアパートが見えていた。
「すいません、そこです。」
タクシーがゆっくりと停まる。
「ありがとうございました。…美木さんも、わざわざありがとうございました。」
タクシーにお礼を良い、美木に声をかけたが、…返事がない。
ありゃ、これは相当嫌われちゃったかな…。
そう思って、千晶が苦笑いしながらもう一度美木を見上げると、
「……美木さん?…美木さん?!」
顔面蒼白で口元を必死に両手で押さえている男がいた。
*
「お客さん、悪いけどねぇ……。」
…当然そんな状態の客は嫌がられる訳で。
いや、分かるけどね。車内ゲロまみれとか、想像だけでも最悪だけどね。
でもさぁ…。
ブロロロ…と車の立ち去る音を背後に聴きながら、千晶は案外重たい腕を担ぎ、自宅のドアを苦労して開けた。
…あれ?なんでこうなった?