欲しがり屋のサーチュイン
「……どうします?タクシー呼びましょうか。」
結構吐いたからもう酔わないですよね、と千晶は携帯を触り始める。
「沼田さんっ」
「…あれ、私振られましたよね?」
千晶は一旦携帯を低いテーブルに置き、すっと目を細めた。
…あー、良く見えない。眼鏡取ってこよ。
「……振られたのは俺です。」
腰を浮かせていた美木は、またどかっとソファに沈まる。
「さっきのって、俺の気持ちはいらないって事ですよね。…。俺は逆です。沼田さんの体じゃなくて、心が欲しい。」
ぁぁぁ、蒸し返すのねー。
千晶は内心舌打ちをし、投げやり気味に答えた。
本当は、こっちは特にどちらも所望していない。
「じゃあこれでおあいこですねー。ということでこの話はなかった事に。」
千晶はペタペタと顔にローションを叩きながら軽く言う。
こんな失礼な言い方して…、キレて怒りだされてもおかしくはない。
千晶はそう思ってチラリと彼を流し見たけれど、美木は悲痛そうにただ黙って見つめているだけだった。
…怒らないんだ。
見た目通り心が広いんだなと思いながらも、千晶は構わず素知らぬ振りを決め込んでドライヤーに手を伸ばそうとした。
「…そんなに構えなくても大丈夫です。俺は振られても嫌がらせなんてしませんから。」
「……ーー。」
千晶は驚愕で動きを止めた。
「…知ってるんですか。」
「はい、噂程度ですけど。」
「……そうですか。」
……良くある話だ。何かと世話を焼いてくれていた上司に付き合わないかと言われ、それをお断りしたら、次の日から『調子に乗るなよ』と、それは手酷くやられたってだけの話。
「私にも非はあります。断り方が酷くプライドを傷付けてしまったようで。…まぁ、最終的に仕事を絡めたパワハラで自爆して辞めていきましたけど。」
「元から困った人だったと聞いています。」
「『地味でブスの眼鏡女』って言葉だけは良く覚えてますよ。ハハ。」
「沼田さんは綺麗です。」
千晶はちょっと目を丸くして、冗談でも嬉しいですと笑った。
「そんな負け惜しみの惨めな男の罵声は忘れて下さい。…でも、」
千晶は外していた視線を目の前の男に戻した。
「沼田さんが雨が苦手な理由は、この件とは無関係ですよね?」