欲しがり屋のサーチュイン
「なので、……俺を抱いてくださいっ‼」
「……………………………は?」
ガバッと両手を広げ、美木はぎゅっと目をつむりながら血迷ったような事を口走る。
千晶は口を開けたまま目を点にした。
「一思いに、さぁどうぞ‼」
「え…っ?いや、んーと。うん、美木さんちょっと落ち着いて。」
一思いに刺してくれとでも言うように、美木は絨毯の上にバタンと転がる。
「み、美木さん、美木さんっ。」
…なんだ。
どうやってこんな流れになった。
ムードもへったくれもなくただ注射に耐えようとしている子供のように美木という男は地べたから動かない。
千晶は途方にくれながらとりあえず美木の体を起こそうと彼の手に触れた。
ビクッ!
…とたんに、美木はガタガタと体を震わす。
「…?」
そっと彼の顔を見ると、歯をカチカチカチと鳴らして、車に酔った時より青い顔をしていた。
……怯えてる。
千晶はただ呆然と、自分の家の床に転がる男をみた。
なんで?と思った。
なんで、この人急にこんな事言い出したんだろう。
なんで、こんな怖がってんのに、こんな行動に出ちゃったんだろう。
なんで、ここまで怖がってるんだろう。
なんで、、こんな必死に……、
ここまでして……。
千晶は気が付いてしまった。
彼は半分冗談で話していたけれど、もしかしたらその中に本気のトラウマが混じっていたんじゃないだろうか。
本気で、女性から迫られるのが怖いんじゃないだろうか。
それでも、好きだと言ってくれたんじゃないだろうか。
「沼田さんが、俺の体だけでも欲しがってくれるなら、あげますっ。だからどうか、他の人の所にふらふら流されていかないで下さいっ。」
「……、ふらふらなんて、行きませんよ。」
というか、この人最初っから勘違いばかりだ。
関心がないなんて事は無かったって、さっき言ったのに。
服装とか、ちゃんとお洒落だと思ってたし。
ウサ耳が似合いそうだなとか思ってたし。
ガッツリ目の保養にしてた。
他にも、買いかぶり過ぎている所が多々ある。
それに、そこまでふらふらしてないし、…なんなんだろうな。
なんでこんな必死なんだろうな。
なんでこんなに、…見ててくれたんだろうな。
「…美木さん、」
「…はい。」
「私、…私ね。」
「はい。」
「……雨の日、嫌いなんです。」
「……。はい。知ってます。」
美木は転がったまま答える。
「雨の日、家の、扉を開けるのが…本当に、…嫌なんです。」
美木の震えは、ゆっくりと止まっていった。
千晶はうつ向いて、ぐっっ、と自分の手と手を握りしめる。
血が止まりそうなぐらい、ぐっと。
美木はゆっくりと上半身を起こして千晶を見つめた。