1%のキセキ
「あ、安生先生……」
「ねぇ、お寿司食べたくない?」
案の定、誘ってきた。
だけどとてもじゃないけど今日は行く気になれない。
「すいません、ちょっと、今日は具合が悪くて」
そう頭を下げて横を通り過ぎようとすると、腕をがっしり掴まれた。
思わずびっくりして相手を見上げる。
誰もいないからといって、いつ人の往来がある廊下でこんな大胆な行動をとるなんて……。
「せ、先生……?」
「……ねぇ栞ちゃん。のらりくらり上手く俺を躱してるつもりだろうけど、君んとこの薬切るの簡単なんだからね?」
耳元でそう言う彼に、私は驚いて彼を見た。
「お、脅すんですか?」
声に震えが混じる。
すると彼はふっと、不敵に笑った。
「少しだけ体触らせとけば言うこと聞いてくれるって?そんなに俺だってバカじゃないよ」
その後、彼の口から出たセリフに身の毛がよだって、逃げるようにして病院から飛び出した。
……安生先生の言葉が頭をぐるぐる巡る。
『今夜21時、駅前のホテルで待ってる。頭のいい君なら分かるよね、もう君に拒否権なんて残されてないこと。契約切られたくないでしょ?』
……もう家を出なきゃ。
待ち合わせの時間には間に合わない。
行かなくちゃ、行かなくちゃ。
今行かなかったら本当にうちの薬全部切られる。
どうしよう、どうすればいいんだろう。
あいつに抱かれれば全てが丸く収まるのに。
そこまでして仕事を取りたいのか私は。
そう思うと涙がとめどなく溢れてきた。
ブーブーと鳴る携帯。
……きっと先生からだ。
……もうやだ、何も考えたくない。
目を閉じて思い浮かんだのは、宗佑君。
なんで、こんな時に……。
じわっと目に滲むものを感じた。
……あぁ、頭痛い。
ぼーっとする頭の中で薬箱から頭痛薬を飲んだ。
全然効かなくて、次は安定剤を飲む。
少し効いた気がして、心が落ち着いた。
もう私の中から皆消えて。
もう何も考えたくない。
一粒、二粒。
ラムネのように口に含んで飲み込んでいく。
ぼんやりとした頭の中で、ひたすら同じ動作を繰り返した。