1%のキセキ
「……この家で2人過ごしたんですか?」
遠慮がちにそう尋ねる。
「いや、ここは理津子が亡くなった後引っ越してきたんだ。前は東京の大学病院にいてな、その時は理津子とマンションに住んでいた」
「そうなんですね……」
「若い頃はほとんど病院で生活しているようなもんだった。それでも理津子は忙しい俺に文句一つ言わず……それはそれは献身的に支えてくれた」
彼はそうして、一番辛かったであろう過去を思い起こすように語り始めた。
今まできっと誰にも話したことないだろうそれを、私に話すということは何が何でも私に自分を諦めて欲しいんだろうか。
私は複雑な心境で彼の続く言葉に耳を傾けた。
「……彼女が発症したのは洗濯物を干している時で、発見された時にはベランダに倒れていたらしい。死亡確認のためだけに、うちに運び込まれてきた時には頭が真っ白になったよ。本当に理津子なのかって、何かの間違いじゃないのかって」
沈痛な面持ちで目を伏せながら語る彼の瞳にはうっすら涙が滲んでいた。
「もうそれからは後悔しかない、あんなに尽くしてくれていたのに、もっとそばにいてやれば良かったって。それからは仕事、仕事、仕事、休みなんて苦痛なだけだった。そんな日は酒をしこたま飲んだよ」
……あぁ、だからこんなに酒浸りになってるのか。
でもこんな派手な飲み方を続けていたら……。
「早く忘れるために他の女に逃げればいいのにできなかった。それで酒に逃げたもんだから、その頃からだんだん肝機能も上がってきてな。正直今じゃ肝硬変寸前まできてる」
「…………っ!」
それを聞いて、思わず胸に釘を打ちつけられるような衝撃が走った。
思わず先生の顔を睨むように見つめる。
何か言いかけたところで、ぐっとそれを飲み込んだ。
……彼の痛みは私なんかじゃ計り知れない。
そうまでしないときっと彼の傷は塞がらなかったのだ。
酒で癒しながらやっと瘡蓋になったのだ。
そして今、その瘡蓋を剥がしながら語ってくれた彼のその生々しい傷を垣間見せられ、やるせなくてたまらない気持ちになった。