私と彼の恋愛理論
そこは、さほど高級店でもないが、そこそこ畏まった雰囲気の店で。
彼女はさっきから僕の話に耳を傾けている。
英文学の研究者であるが、もっぱら趣味で読むのは日本の小説だ。
先ほどから二人で話しているのは、趣味の方の小説の話だ。
彼女とは読書の趣味がよく合う。
しかも、感性も似ている。
初めて彼女が務める図書館を訪れた時、昭和初期に建てられたというその建物にまず魅せられた。
機能性の面では確かに最新の設備には劣るかもしれない。
だけど、最新の建築では味わえない独特の趣があった。
読書欲というのは、ただ本を読めば満たされるものではない。
読む空間や本を探し求める過程によっても、得られる満足感は異なるのだ。
彼女にそれを伝えると、「私と同じことを思っている人がいるんですね」と笑っていた。
そして、出会ったタイミングが秀逸だった。
海外留学から戻って新しく赴任する地にはあまり知り合いが居なかった。
僕が大学で本格的に講義を始めるのは来春からだから、学生と親しく話をする機会も少ない。
だから、単純に彼女ともっと話がしたくて、食事に誘ったのだ。
最初は驚いていた彼女だったが、動機を話すと快くOKしてくれた。
だけど、彼女と会ううちに、僕は違うことを考え始めていた。
ひょっとしたら、彼女なら、僕の人生のパートナーになってくれるかもしれないと。