私と彼の恋愛理論
久しぶりにこの街を訪れた。
街並みは二年ではあまり変わることはなかったが、僕がよく通っていた大学近くの喫茶店は、若者に人気のカフェチェーンの店になっていた。
趣があった店構えも、漂ってくる心地よいコーヒーの香りもそこにはなく、若者で溢れる店内には、あの頃なかった活気があった。
マスターが老齢だったので、きっと店を畳んだのかもしれない。
僕は重たいスーツケースを転がしながら、通い慣れた道を歩く。
秋休みの集中講義。
留学前に勤めていた大学からの依頼で、久々に懐かしいキャンパスに足を踏み入れた。
講義を終えて、以前お世話になっていた教授達の研究室を巡り挨拶してから、仲のよかった院生や講師数人と夕食を共にした。
疲れているからと、早めに切り上げてホテルへと移動する。
スーツケースを片手に僕がやってきたのは、趣ある外観に、懐かしい回転扉が出迎える、この街一番の老舗ホテルだ。
本当ならこのホテルだけは避けるところだった。
でも。
『 その方は、本当に皆川さんのことを愛していたんですね。』
二週間前に伊野まどかに言われた言葉は、僕にわずかな勇気と希望をもたらした。
もう、このホテルにはいないかもしれない。
ホテルには勤めていたとしても、彼女の隣には新しい恋人もしくは夫がいる可能性もある。
だとしても。
『皆川さんは、ロンドンでの二年間と、無事帰ってきたことを彼女に報告するべきです。』
この言葉が僕の背中を押した。
彼女が迷惑そうだったら、ただ、帰国の挨拶だけをして帰ろう。
とにかく。
僕は彼女に会わねばならないような気がしていた。
伊野まどかの推測が正しくても、そうでなくても。