私と彼の恋愛理論
フロントでチェックインを済ましてから部屋に荷物を置いて、僕はホテルのバーへと向かった。

カウンターに腰掛けて、バーテンダーに声を掛ける。

「ワインを飲みたいんだが、詳しくなくてね。おすすめを教えてもらえるかな。」

「かしこまりました。少々お待ちください。」

軽く頭を下げてバーテンダーは奥へと下がった。

このホテルでは、バーでワインを頼むと、レストランに常駐しているソムリエのサービスを受けることができる。

もちろん、ソムリエの手が空いている場合のみではあるが。

ちょうど運が良かったのだろう。

胸に葡萄のバッジを付けたソムリエがワインリストを持ってやってきた。

年輩の男性ソムリエはリストを手に、僕に丁寧に質問をする。

それに応えながらリストを眺めていると、あるワインの名前が目に入った。

「オテロ…」

「そちらになさいますか?おすすめですが、少しお客様のお好みからは外れます。」

そのワインの名前には聞き覚えがあった。

『オテロって言っても、シェイクスピアもヴェルディも関係ないのよ。フランス語で「もう水は十分だ」という意味。ちょっとした洒落なのよ。』

彼女からずっと前に聞いた講釈を思い出した。

僕はフッと息を漏らしてから、告げる。

「これをボトルで。」

意外そうな顔で、かしこまりましたと言うソムリエに僕は詫びる。

「すまないね。僕は、シェイクスピアの研究をしているから、どうしても気になってしまって。」

僕の意図が通じたのか、ソムリエは微笑んだ。

「左様でございましたか。すぐにご用意いたします。」

リストを手に、足早に引き返していった。
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