私と彼の恋愛理論
そのまますぐに居酒屋に入って、私はお酒を飲み続けた。
ずっと何かを話していたけど、何を話していたかは覚えていない。
滅多に酔わないはずの私が、酔いつぶれて、取り乱して、最後には泣くまで、彼は私を止めなかった。
何を喚いているのかは分からないけど、今自分が泣いていることだけははっきり分かった。
「もっと泣いていいよ。」
彼が私の頭に手を置いて、優しく囁いたのを聞いたから。
そこで、私の記憶は途絶えた。
酔って記憶を無くすことなど、学生時代にもなかったというのに。
気づけば私は暖かい毛布にくるまれていた。
見慣れぬ天井に、いつもより堅いベッド。
横を見れば、穏やかな顔で寝息を立てる年下男。
思わずキャッと叫べば、その顔をかすかに歪めて、ゆっくり目が開く。
「おはよ、里沙ちゃん。」
この状況に、まさかの事態を想像して慌てて飛び起きた。
しかし、予想に反して、私の体は喪服に包まれたままだった。ストッキングさえ履いたままだ。
「何にもしてないよ。」
同じく、昨日のワイシャツ姿のまま寝ていた俊介が起きあがって、笑いながら聞く。
「二日酔いは?」
「大丈夫。」
「さすがだな。俺は少しだけ頭痛い。今、コーヒー淹れるね。」
彼はベッドを抜け出して、キッチンの方へ歩いていく。
一人暮らしのワンルーム。
どうやら、ここは彼の部屋らしい。
「ごめん、私。何も覚えてなくて。」
「ん?いいよ。さすがに里沙ちゃん家分かんなかったから、うちに運んで寝かせただけ。ごめんね、さすがに喪服は脱いだ方がいいかと思ったんだけど。」
「どうせクリーニング出すから。」
キッチンからコーヒーのいい香りが漂ってくる。
「脱がせたら、たぶん、俺、我慢出来ないだろうと思って。」
「何で、しなかったの?」
「して欲しかった?」
くすくす笑いながら、彼はコーヒーカップを差し出す。
「いや、しなくて良かった。」
私も彼の理性に感謝した。
「俺もこれで正解だったと思うよ。」
彼が淹れたコーヒーはいつもの店で飲むそれより、少しだけ美味しかった。
それを告げると彼は少し得意げな顔で言う。
「ねえ、今日休みでしょ。俺も休みだからデートしよ。」
「…いいよ。」
私が承諾したのは、昨日迷惑を掛けた後ろめたさからじゃなくて。
多分、このコーヒーの香りに惑わされたせいだと思う。