私と彼の恋愛理論
建築関連の書架まで行き、目的の本を探す。

購入したばかりの本は、その真新しさからすぐに見つかるはずだ。

少し落ち着いてきた私は彼に背を向けたまま、話しかけた。

「どういうつもり?」

「ただ、本を探しに来ただけだ。」

そう言われてしまうと、何も返す言葉がない。

本当に本を探しにきただけなのか。

尚樹のなかでは、私とのことはすっかり過去のことになっているのだろう。

目的があれば、別れた恋人だろうが関係なく声を掛ける。

合理的な彼らしい判断だなと思う。

だけど、私はやっぱりそんなに割り切れない。

戸惑うのと同時に、どんな形であれ、あなたに会えて嬉しいと思ってしまっている私がいた。

目にはいつのまにか涙が滲んで、目の前の本のタイトルすら読めなくなった。

彼のお目当ての本は見つからない。

きっと、私にはもう探せない。



そう思った時、後ろから手が伸びてきた。

長くて、綺麗な指。

その指が本棚に置かれた私の指に重なった。

一瞬、何が起こったか分からなかった。

振り向こうとした時、彼の反対側の手がそうさせまいと私の肩を押さえた。


「まどか、そのまま、振り向かないで聞いて。」


それは、先ほどまでの尚樹の声とは違う。


何ヶ月ぶりかに聞いた、愛しい恋人の声だった。
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