私と彼の恋愛理論

「ごめん、お茶取って。」

彼女のリクエストである秘湯の宿に向かう車内で、助手席の彼女に声を掛ける。

世間では連休後の平日。
俺と彼女は、休みを合わせて念願の旅行へと出発した。

「はい、どうぞ。」

運転中の俺に、キャップを空けた状態でペットボトルを渡す彼女。
いつもよりウキウキしているのか、声が心なしか弾んでいる。

普段はクールで落ち着いた振りをしているくせに。

お試しだと彼女を説き伏せて付き合い始めてから、たまに見せるこういう可愛い面に俺は意外とやられてしまっている。

恋愛なんて適当に楽しむもので、本気になるなんて馬鹿らしいと思っていたのに。

必要以上に彼女の周りの他の男の存在を警戒してしまうくらい、俺は彼女にぞっこんだった。

今日も、柄でもなくサプライズなんて用意してしまうくらいに。



のんびりと寄り道しながら、お目当ての宿にようやく到着した。

二人でネットの口コミを頼りに見つけた宿は、風情があふれていて期待以上だった。

仲居さんに案内されて部屋に入ると、彼女はすぐに異変に気づいたようだ。

「あの、この部屋で合ってますか?」

「ええ、こちらのお部屋でご予約いただいておりますよ。笠岡様に。」

仲居さんの返答にすぐに事態を理解したのか、無言で俺に非難の眼差しを向けてきた。


「…聞いてないわよ。」

部屋に二人きりになってから、ようやく抗議し始める彼女に、俺は待ってましたとばかりに応戦した。

「可愛い彼女に俺からのプレゼントだからね。内緒にするのは基本でしょ。」

「いつの間に…。」

「里沙ちゃんが俺の部屋で予約してた日の夜すぐに電話して。」

「勝手に変更したの?」

「うん。サプライズだって言ったら快く対応してくれた。いい宿だね。」

戸惑いながら、彼女がちらちらと見つめる先にあるのは部屋に付いている露天風呂。

「普通の部屋を予約したのに…。」

そう言いながらも、彼女が予約する前に、迷いながらこの部屋のページを何度もチェックしていたことを密かに知っている。

「せっかくだから、楽しもうよ。差額はすでにお支払い済みだから、変更したら勿体ないよ。」

畳み掛けるように言うと、彼女はわざとらしくため息をこぼした。
本当はうれしいのだろう。少しだけ表情が緩んでしまっている彼女が、たまらなく可愛い。

「…一緒になんて入らないわよ。」

口調だけは強気だけど、彼女を説得するのなんて、きっとあっという間だ。

「無駄な抵抗だと思うけど。」

そう言って、俺はニヤニヤしてしまうのを必死に隠した。
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