臆病者達のボクシング奮闘記(第二話)
 ラウンド終了のブザーが鳴り、康平は飯島に質問をした。

「右のボディーストレートは強いパンチが打ちにくいんですけど、あの低い姿勢で打たなければならないんですか?」

「このパンチを打つと顔面がガラ空きになって、打たれ易くなるから我慢しろ。当てる事よりも、まずは打たれない事なんだよ。……優秀な泥棒はなぁ、盗む事よりもまずは逃げる事を第一に考えるもんだ」


 飯島は分かり易いように喩え話を使ったらしいが、康平は逆に悩んでしまった。

(先生は、泥棒の経験があるのだろうか……)


 喩え話はともかく、打ちにくい姿勢から打たなければいけない理由が分かったので、康平はあえて突っ込まないで返事をした。


 次のラウンド、ミット打ちを再開した。

 また飯島が左手を前にして構える。

 康平は打ちにくい姿勢を我慢しながら、先生の右の脇腹にあるミットに右ボディーストレートを打ち込む。

 パスッ!

 シケたミットの音がした後、飯島の左手にぶつからないように体を構えに戻す。

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