Closed memory
「芹沢……鴨」
気がつけば俺は、その名を呟いていた。
悪名高い、壬生浪士組筆頭局長であった男の名を。
不思議なことに、名を呟いた瞬間、芹沢局長の大きな背中が見えた気がした。
会ったこともなければ、遠目に見たこともない。
それなのに、今は亡き芹沢局長が、俺の前に現れたような気がしてならない。
「芹沢先生の横暴振りは、恐らく君も知っているでしょう」
俺は、なぜか頷けなかった。
芹沢局長の数々の噂は確かに耳にしていたはずなのに。
「本当に……凄い人でしたよ、あの人は。周りに流されず、己の気が向くままに行動して、気に入らないものを残忍なまでに破壊する」
沖田先生は、尚も喋り続けた。
「自分勝手で乱暴で、自分以外の誰も信じない……そんな方でした。」
「……沖田先生」
この時ばかりは、沖田先生の名を口にした。
沖田先生の背中が僅かに震え、ほんの少し小さく見えたことに、少しの恐怖すら感じた。
「大丈夫です……俺はちゃんと、貴方の言葉を聞いてますから」
「……」
「……だから、大丈夫です」
俺は一体何が言いたかったのか。
自分でも理解できない。
それでも沖田先生は俺に礼の言葉を囁いて、また空を見上げた。
「芹沢局長は、偉大な御人でした。
……彼の横暴には、意味があったのです。壬生浪士組の事を誰よりも考えていたからこそ、あの人は……」
「ーーー」
沖田先生の言わんとすることが、背中越しに伝わってくる。
芹沢さんの人物像が、俺の頭の中で鮮明に色づき始める。
「土方さんは、そんな芹沢先生を嫌っていました。いや、“嫌う”とはちょっと意味が違いますね」
「ーー分かります」
恐らく、あの土方副長は、芹沢局長のことを誰よりも……“認めて”いたんだ。
芹沢局長の目に余る横暴振り。
しかしその行動に隠された真意を土方さんは誰よりも早く見抜いた。
そして、局長の真意を認めていたからこそ……
「認めたくなかった」
芹沢さんの守らんとする、壬生浪士組のカタチをーー