Closed memory
からりと音がして、沖田先生が顔を出す。
途端に、張り詰めていた空気が一瞬にして溶けた。
「行きますよ、京くん。
今日は、天気がいいですから。絶好の稽古日和ですよ」
いや、貴方は天候なんて御構い無しに、毎回滅茶苦茶なさるでしょうが…。
稽古は何時も、嵐ですよ。
「稽古も良いですが、程々にしていただきたいものですね、沖田助勤」
棘のある口調。
似つかわしくないが、見事に洗礼された標準語。
「嗚呼…居たんですね、山崎。
相変わらず、影がよく似合う」
「失礼ながら、日中故、この部屋に影はありませんよ。目が悪いのでしたら、素直に俺に申し出てください。視力が回復するまで、副長に頼んで、隊務から外してもらいましょう」
「要らぬ世話ですね」
ピリピリとした、黒い圧力が、今度は部屋を満たした。
「お、沖田先生…山崎さん」
この二人、もしかして
「そういえば沖田助勤、昨夜戸棚にしまってあった水羊羹が今朝失くなっていたんですよ」
「ほー、それは一大事。
こんなところで油を売っていていいんですか?」
「誤魔化さないでください。
犯人は、あなたなんでしょう…沖田助勤」
「冗談!やめて下さい。
私、水羊羹は三上屋だと決めているんです。他の店のものは邪道で食べられませんよ」
「ーー何故、水羊羹が【三上屋】でないと知っているんですか」
……。
「っ!?待ちなさいっ、沖田助勤!!」
仲が悪い…いや、良いのか。
1人残された部屋で、蘭丸の横顏を覗き見る。
顔にかかった髪を払うと、俺は部屋を後にした。
風が吹く。
もうすぐ、春になる。
庭に出て、空を仰いだ。
空は青く、果てなどないと言わんばかりに、どこまでも広がっていた。