Closed memory

「…京、元気だった?」


自惚れが、現実であると信じていたい。


「俺がいない間、淋しくて泣いたりしてない…?」


わかっていた。
京が泣くなんてあり得ない。


後にも先にも、京の涙を見たのは一度きり。


十年前の苦い記憶。
そのたった一回だけだ。


「…な〜んてね」


抱き締められて全身が痛む中、京の胸元に顔を埋めて笑ってみる。


いつ以来だろう。
こんなにも、誰かの体温を間近に感じたのは。


心地いい。
他人って、こんなにも暖かいんだ。


「……蘭丸、なんで」


「…ん?」


ふと、京の腕の力が緩んで解放されると、今度はぐっと近くに京の顔があった。


心なしか、京の目の淵が赤い。
それを見て、なんだが少し胸が痛んだ。


「あの時…なんで俺を」


庇ったんだ。


苦しげに京がつぶやく。

逸らしたくて仕方ないだろうに。
けれども、まっすぐに俺を見つめる京。


逃げない強さを持つ京。
俺が京を好きな、理由の一つ。


真摯な姿勢には、真摯な言葉を。


俺はそう自分に言い聞かせて、自分の左目にそっと触れた。


包帯で隠された左目。
触れると、流石に痛みが奔る。


「本当に…わからない、京?」


「え?」


俺がなぜ、京を庇ったのか。
理由は至極簡単だよ。
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