ラザガ
若者はつんのめった。足をつかまれたのだ。
見下ろすと、浮浪者の男が、若者の足首をつかんでいた。男はくりかえした。
「あんた、いま何て言った?」
「なんだてめっ……っ!?」
と言いかけたとき、強烈な痛みを感じて、若者は絶句した。ぐちっと音がした。
「う、あ、あ、あ、あああああああ……」
足を見て、若者は弱々しい悲鳴をあげた。
足首が、潰れていた。
男が握り潰したのだ。血と、筋肉と、骨がとびだしている。
男は立ち上がった。
巨漢だった。二メートル以上は間違いなくある。
うずくまっている時は気付かなかった。
若者は尻餅をついた。
それを見下げながら、男は言った。
「兄ちゃんよ。おれはな、ひとつのルールを持ってるんだ」
若者は呆然としていて、何も言えなかった。
「おれはな、くだらねえ喧嘩を売られても、絶対に買わないことに決めてんだ。いくら男らしくなくても、格好悪いと思われても、絶対あやまるか逃げることにしている。ただな……」男は目を細めた。「家族を、娘を侮辱されたときだけは、殺すことにしてるんだ」
男は大きな掌を、若者の頭にそえた。そして、指に力をこめた。
べちゃっと、若者の頭は潰れた。トマトのように、あっさりと潰れた。
頭を失った若者の体は仰向けに倒れた。
男は手についた血をなめると、少女を見て、泣きそうな顔になった。
「ごめん……、ごめんなあ、ミチ。お父ちゃん、またやっちまったよ。せっかくのミチの誕生日なのに。ごめんなあ。ごめんなあ」
ミチと呼ばれた少女は、巨体を縮こまらせる父親を見上げて、にっこりと笑った。
「大丈夫だよ。お父ちゃんは正しいことをしてるんだから。ミチ、そんなお父ちゃんが大好きだよ。だから元気出して。ね?」
「ミチ……」
男はミチを抱きしめ、大声で泣き出した。ミチは男の頭をやさしくなでた。
そのとき、女の声がした。
「破藤豊作さん」
男とミチは、声にふりかえった。
そこには、八乙女タツミが立っていた。