ラザガ
「臭いがする。まだ人間の臭いがするわ」
男を飲み込んだあと、リリーはまわりを見回しながら、鼻をひくつかせた。
まわりには、リリーが食べ散らかした東京の廃墟が広がっていた。
「すぐ近くね。人間の臭いがする。大人の男が三人と、…………小さな女の子」
リリーがいる位置から、五百メートルから離れた場所、倒れたマンションの陰に、一台の大型車が隠れていた。
八乙女研究所の輸送車である。
中には、八乙女研究所の男性所員が三人と、ミチが乗っていた。
ミチは無表情で、後部座席に座っていた。腕には、小さな熊のヌイグルミを抱えていた。誕生日、父が八乙女タツミと会った日に、仕事の報酬としてタツミに買ってもらったものだ。かわいいので気にいっていた。
それに対して、所員達三人は、顔を真っ青にして震えていた。
……ずずっ
……ずずっ
……ずずっ
音が、近付いていた。
あの巨大な化け物、大腸に人の顔がついた化け物、ジュオームチルドレン・リリーが、こちらに向かって体をひきずっていた。
所員達はささやきあった。
「おい、まだ距離があるうちに、全速で車を走らせて逃げたほうがいいんじゃないか?」
「バカ、逃げきれるわけないだろう?道路のほとんどはアレにぶっ壊されてるんだ。すぐに追いつめられる」
「そうさ、このまま、アレが通り過ぎるのを待つしかない」
三人共、恐怖のあまりにこみあげる吐き気を必死でこらえていた。
「大丈夫だよ」ミチが言った。「このまま、じっとしていれば、大丈夫。お父さんが、絶対に助けにきてくれる」
確信を持った口調だった。
三人は、不気味なものを見る目つきで、ミチを見下ろした。こんな状況で、どうしてこの六歳の少女はこうも落ち着いていられるのか?頭がおかしいのではないか。
その時、大音量で、女の子の声が響いた。
「あれええ?このあたりなんだけどなああ?」
輸送車が巨大な影に包まれた。