ラザガ


三人はいっせいに息を呑んだ。


巨大なリリーの顔が、輸送車のすぐ横にあった。
水音がした。助手席に座っていた所員が小便をもらしていた。ミチが身をかがめて隠れた。はっとして、三人もそれに習って伏せた。これで彼等の姿は、窓から見えないはずだ。
リリーの視線は、輸送車を見ていなかった。ミチや所員達には気付いていないようだった。


「おかしいなあ?わたしの勘違いだったのかなあ?」


そのままリリーは、輸送車の横を通り過ぎていった。



……ずずっ


……ずずっ


……ずずっ



気の遠くなる時間だった。
リリーの胴体部分である大腸の長さが約一キロメートル。
それだけの質量が輸送車のすぐ横を通り過ぎるのを、ミチと所員達は息を殺してじっと待っていた。


そうしながら、三十分くらいたっただろうか。



……ずずっ


……ずずっ


……ずずっ



リリーの体をひきずる音は、だいぶ遠くまで離れていった。
そこで、所員達は顔をあげた。


「……行ったか?」


「……ああ、もう姿は見えない」


三人は大きくため息をついた。


「助かった」


車内の空気がゆるんだ。


「ああ、くそ、おれびびって小便ちびっちまったよ」


「無理ないさ。あんなのが目の前にあらわれたらなあ」


「それにしても、すごいなあ、君」後部座席にいた所員がミチを見下ろして言った。「あんな状況でも泣きださないなんて。正直おじさんのほうが泣きだしそうだったよ」


ミチは、足をぶらぶらさせながら言った。


「お父さんと一緒に暮らしてて、何度か危ないことがあったから、怖いのには慣れてるの」


「へ、へえ」


「さ、さすが、あの破藤豊作の娘さん」


車内になごやかな笑い声が響いた。






< 83 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop