ラザガ
三人はいっせいに息を呑んだ。
巨大なリリーの顔が、輸送車のすぐ横にあった。
水音がした。助手席に座っていた所員が小便をもらしていた。ミチが身をかがめて隠れた。はっとして、三人もそれに習って伏せた。これで彼等の姿は、窓から見えないはずだ。
リリーの視線は、輸送車を見ていなかった。ミチや所員達には気付いていないようだった。
「おかしいなあ?わたしの勘違いだったのかなあ?」
そのままリリーは、輸送車の横を通り過ぎていった。
……ずずっ
……ずずっ
……ずずっ
気の遠くなる時間だった。
リリーの胴体部分である大腸の長さが約一キロメートル。
それだけの質量が輸送車のすぐ横を通り過ぎるのを、ミチと所員達は息を殺してじっと待っていた。
そうしながら、三十分くらいたっただろうか。
……ずずっ
……ずずっ
……ずずっ
リリーの体をひきずる音は、だいぶ遠くまで離れていった。
そこで、所員達は顔をあげた。
「……行ったか?」
「……ああ、もう姿は見えない」
三人は大きくため息をついた。
「助かった」
車内の空気がゆるんだ。
「ああ、くそ、おれびびって小便ちびっちまったよ」
「無理ないさ。あんなのが目の前にあらわれたらなあ」
「それにしても、すごいなあ、君」後部座席にいた所員がミチを見下ろして言った。「あんな状況でも泣きださないなんて。正直おじさんのほうが泣きだしそうだったよ」
ミチは、足をぶらぶらさせながら言った。
「お父さんと一緒に暮らしてて、何度か危ないことがあったから、怖いのには慣れてるの」
「へ、へえ」
「さ、さすが、あの破藤豊作の娘さん」
車内になごやかな笑い声が響いた。