恋愛事案は内密に
「むつみさん」

玄関ロビーからビルを抜けようとしたとき、後を追いかけるように明るい声をかけてきたのは、所長だった。

その場に立ち止まると、駆け足で私の目の前まで来てくれた。

「先ほどは失礼しました」

「よくあることだからしかたないですよ。高清水さんだって新人の頃、ああいうミスばっかりして怒られていたのに、忘れてるんだから」

「あれ、所長は?」

「ちょっと仕事が残って。コンビニへ行こうと思ったんですよ」

そういうと、照れくさそうに頭をかいていた。

ビルを抜け、駅方面へ足を進める。

少しだけ路面がぬれているだけで、雨はあがっていた。

日は傾いてはいるものの、まだ明るかった。

すでに帰宅時間となっている今は疲れたサラリーマンやOL、学生たちが駅に向かって歩いている。

その群れの中に私たちも混じり、歩き出した。

「やっぱり、この会社にいちゃ、いけませんよね」

所長の笑顔がかたまった。
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