世界でいちばん、大キライ。
「いつの間にか逃げ癖ついてたみたいなんだ、オレ。でも、そんなオレを逃げ場のないとこまで追いつめてきた人がいる」

それは、次に伝えなきゃいけない相手(桃花)への、強い気持ちの表れ。
久志には、いつしか目の前の水野が桃花に見えそうなくらい――。

真剣な久志の話に、水野は黒髪を耳に掛けながら小さく苦笑した。

「……すごいな。私は怖くて、相手を追いつめることなんかできない」
「それでも、オレはとことん逃げたんだ」

後悔といえばそうかもしれない。
けれど、今さらだとは思いつつも、ここにきて諦められない思いがあることに気付いたから。

久志はコーヒーを握る手に力を込めて、独り言のように言った。

「そいつを、今度はオレが追っかける」

その久志の姿を目の当たりにした水野は、ようやく目の前のコーヒーに両手を添えて持ち上げる。

「……そうなんですね。わかりました。きちんとお話してくれてありがとうございます」
「……悪い」
「いえ。『魅力的』って言ってもらえてうれしかったです」

そして、少し冷めたコーヒーを口に含んで、穏やかな微笑みを久志に向けた。
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