世界でいちばん、大キライ。


コーヒーを飲み終えてから水野と別れ、久志は自宅へと急ぐ。
元々早足で歩く方だとは思うが、今日はいつもにもまして早や歩きだったおかげか思ったよりも早くマンションに着いた。

靴を脱ぎ、リビングへと歩き進めると、やけに静かな室内に自然と息を潜めた。
いつもなら、リビングに灯りがついているときはテレビの音が聞こえてくる。それが今は聞こえないことに首を傾げながらドアに手を掛ける。

静かにドアを開け、麻美のいつもの定位置である、右奥に見えるソファに視線を向けた。
しかし、物静かなリビングのそこには麻美の姿が見当たらない。

(いないのか? 部屋か?)

ドアから顔だけ覗かせる姿勢をまま、そんなことを考えていると、ノーマークだった右側(キッチン)から、ぬっと人影が現れる。

「おわっ! ま、麻美! いんなら居るって言えよ! ビビるだろ!」

大きな図体を強張らせて、上擦った声でカップを手にした麻美に言う。
ドア枠に寄り添うような態勢の久志を冷ややかな目で見た麻美は、そのまま前を素通りしてテーブルにカップを置いた。

「呆れて声も出なかったの! なに真っ直ぐ帰って来てんのよ! バカ兄!」

久志が立つ正面にあるテーブル横で立ったままの麻美が、わざとらしいほど大きな溜め息の後に口を開いた。
すると、少し心臓が落ち着いた久志が、いつものように大人げなく麻美に口答えする。

「こんなもんぶら下げてウロウロできっかよ」
「なによ、ソレ!」
「りんごだ!」
「りんごくらいで帰ってきてんじゃないわよ!」

紙袋をドサッとテーブルの上に置いた久志がネクタイを乱暴に緩めながら言うと、麻美は生意気な物言いで即座に返す。

そんな麻美を見下ろして、久志は落ち着いた様子で答えた。
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