世界でいちばん、大キライ。


(――そろそろ来るはず)

「いらっしゃいませー」

毎週金曜日。とあるカフェに、一人の男がやってくる。

変わり映えのしないスーツ姿。けれど、いつもパリッとしたシャツを着ている姿を見ると、几帳面な性格なのかもしれない。

「ホットワンです」
「了解」
(なんて、もうわかってるから準備してるけど)

その男のシャツがピシッとしてることも、ネクタイがちょっとも曲がっていないことも知っているのが、今、注文を聞き入れたバリスタ担当の葉月桃花(はづきももか)だ。

彼女の仕事はドリンクを淹れること――コーヒーやエスプレッソ、ラテなど。

しかし、その〝男〟がやってくる午後8時過ぎは、閉店時間間際で客入りも少なく、桃花自身がオーダーされたものを提供しに行くこともある。

「お待たせ致しました」
「どうも」

ほんの一瞬だけ目が合うと、ひとことだけ答えて桃花の差し出したカップに手を添える。
特になにか特別な出来事があったわけではない。

けれど、桃花にとっては〝毎週金曜の男〟が気になる存在になっていた。

(いつもきちんとしてるなぁ。……彼女とかがしっかりしてるのかな)

パントリーに戻る途中、気付かれないようにちらりと男を見ながら思う。
桃花の淹れたコーヒーをブラックで飲む男は、見た目から推測するに、24の桃花よりもずっと歳上だ。

スーツのままでもわかるしっかりとした体つきと、コーヒーカップを持つ大きな手。
長身を思わせるような長い足を組み、落ち着いた大人の男の空気を纏っている。

しかし、落ち着いてるとはいえ、それは決して所帯染みたものとは同じというわけではなく。私生活及び仕事姿の断片すら一切見せない彼は、桃花には情報不足で年齢不詳。

ただ、ひとつだけ。
前に桃花が何気に見た彼の左手には、なにもつけられてなかった。

そしてそれは、今日も同じ。
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