世界でいちばん、大キライ。
「今度は優しく抱いてくださいね?」

桃花の意地悪なひとことに、久志は目を剥いて真っ青になる。

「ちょ、待て……オレ、前ってどんな」
「知りません」

ツン、と久志の手から逃れるようにそっぽを向くと、未だに青い顔をしている久志をちらりと見て「ぷはっ」と吹き出した。
目を細めて笑うと、今度は桃花が右手を久志の顔に添える。

「……ウソです。すごく、大切にされてる気がした」

ホッと安堵の息を吐くと、久志は桃花の身体を反転させて逆転する。
先程まで見下ろしていた久志に、組み敷かれるようにされた桃花は一気に鼓動が高まる。

「もう、『気がした』なんて曖昧なこと言わせないから」
「……今日は饒舌ですね?」
「……ハイになってんじゃねーか?」

それから久志は「オッサンが久々に恋愛なんてするから」と冗談を口にして、桃花の首筋に顔を埋めた。

互いに限られた時間を慈しむように。
貪るように唇を奪っては、濡れた吐息を漏らす。

すぐ先に、離れ離れになることを一瞬でも忘れたいとでもいうように、目の前の相手に前意識を集中させて、夢中で抱き合った。

重ねた素肌から伝わる体温を記憶させるように。



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