世界でいちばん、大キライ。
「ジョシュアさん!」
「トーナメント表持ってきたよ」

ジョシュアは内ポケットから三つ折りにした紙を取り出すと、桃花に差し出した。
立ち上がろうとした桃花を制して、ジョシュアは腕を組みながら桃花の横に立つ。

「キンチョーする?」
「そりゃ、しますけど……でも、楽しみな気もしますから」

ジョシュアはやはり、日々忙しいようで桃花の元には毎日は姿を見せない。
けれど、他のスタッフにもわかるくらいに、桃花に気を掛けている。

一週間に一度は直接指導してくれるジョシュアに、桃花は少しでも成果を見せたくて気早に大会にエントリーした。
そのトーナメント用紙を、桃花の雇い主でもあるジョシュアが持ってきたというわけだ。

「いいね。そういうポジティブなところが気に入ったんだ」

ポン、と頭に手を置かれると、桃花は頬を薄らと赤くして手元の予選表に目を落とした。

外観の美しさ、明確さ。表現力、想像力。難易度と速さ。
それらを競い合う、ラテアート。その大会に出てみようと、決心したのは先程の理由だけではない。

「ふーん。まだ続いてるんだ。ヒサシ? だっけ」
「わあぁっ!」

受信画面をそのままにしていた携帯を慌てて隠すと、真っ赤な顔でジョシュアを見上げた。

「まぁ、それも動機のひとつってトコかー。モモカが上達してるわけだから理由はなんでもいいけどサ」

ジョシュアがなぜか口を尖らせて拗ねるように言うと、桃花は口を閉じたままなにも返せない。
シアトルに移り住んでから、桃花は日本にいた時よりもさらにしっかりとした女性になっていた。
しかし、今、目の前にいる桃花は、ただの恋する女の子にしか見えなくて、ジョシュアは失笑する。

「そんな顔させるほど、nice guyなのー? オレの方がいいと思うけどなー」
「まっ、また! からかわないでくださいっ。もう」

いそいそと携帯をポケットにしまい、コーヒーに口をつける。
霧雨が多い日々で、久々に垣間見えた青空。
それをぼんやり見つめていたときに、ジョシュアがぼそりと零した。

「幸福の瞬間は、その顔はどんな表情に変わるのかな」
「……え?」
「じゃ。オレは戻るよ。事務処理が山積みでね。早くゆっくりとラテを淹れる時間が欲しいよ」
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