世界でいちばん、大キライ。
「バカ言え。こう見えても俺、結構料理のウデは自信あるんだぞ」

自分の失態に不安な顔をしていると、久志がポン、と桃花の頭に手を乗せて自慢げに笑った。
二度目の温かな重みに、桃花は照れと心地よさを感じて久志を見つめる。

優しく目を細め、ニッと口角を上げて自分を見下ろす久志に鼓動を速める。
そのドキドキが、触れられている頭上の手から伝わってしまうのではないか、と頬を染めた桃花は小さく俯いた。

(これはきっと……そう。麻美ちゃん(こども)扱いだ)

変な期待をしてしまう自分を戒めるように冷静に頭の中で自身を諭すと、視線を落したまま笑って答える。

「あ、じゃあ、今度、そのウデ証明してくれるんですよねー?」
「あー……」

冗談だとわかる言い方で言ったはず。
けれど、久志からは『なに言ってるんだ』と笑い飛ばすような回答はなく。曖昧な声を漏らした直後、不意に桃花は久志に引き寄せられた。

(えっ……!?)

頭に置かれていたはずの大きな手が、今度は桃花の肩を掴んだのだ。
あと少しで触れられそうな広い胸を前に、桃花の心臓ははちきれそうになるばかり。
未だ肩には手を乗せられ、もう片方の手は背中に触れられている。

まるで抱きしめられる直前のような距離感に、桃花は見上げることも、一歩として動くことも出来ずに固まっていると、久志の声が落ちてくる。

「すみません」

それは自分に言っているものじゃない、とすぐに気がつく。
ハッと背後を確認するように顔を回すと、カゴを持った客がすれすれで桃花の背後を通過していった。

久志はただ、通りづらそうだった客に道を開けるため、咄嗟に桃花を引き寄せただけだった。

しかし理由はなんにせよ、桃花が久志に触れられ、こんなにも至近距離まで引き寄せられたことは事実。
おそらく桃花は、今のこの出来事を一日中……いや、しばらく忘れられないだろう。

ドクドクと高鳴る胸をそのままに、桃花はゆっくりと久志の腕の中から彼を見上げる。

「あ、ああ。悪い!」

パッと離された手に安堵と物淋しさを感じつつ、どうにか赤らんだ顔を鎮めようと平静を装ってその場から離れた。
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