世界でいちばん、大キライ。
久志に対しての態度。その久志の隣にいた自分への突き刺さるような視線。
そして、ふたりきりで初めて言葉を交わしたときには、強がるような言葉や雰囲気がある気がしていた。

そのワケを直接聞いたことはない。
でも、〝女〟の勘。

「麻美ちゃんて……久志さんのこと……」

そこまでいうと、麻美は目を潤ませるようにして顔を赤らめる。
動揺しながらも睨みつけるように桃花を見たあと、窓の外に顔を向けた。

「……そう。すごく大事」
(やっぱり、麻美ちゃんは久志さんが)

きっと、大人になれば〝憧れの一種だった〟と思えるのかもしれない想い。
でも、確かに淡い気持ちを抱いているのも事実だろうと桃花は思う。

もちろん、麻美自身、どうにかしたいとかどうにかなる、だなんて思ってはいないのもなんとなくわかっていた。

ただ、大切な――大好きな〝お兄ちゃん〟。
その延長線上の初恋。

「昔から、素っ気ない態度に見えて、すごく優しかった。それは今でも。オトナのクセに、中身はあたしと同じくらいコドモで。それがすごく距離が近く感じて……」

麻美はずっと、叔父という間柄の久志を「ヒサ兄」と慕って、成長と共に〝好き〟という気持ちをどう表現していいかわからなくなっていた。

〝甘えたいけど、もうそんな歳じゃない〟
〝この気持ちはただの、大人の男の人に対する安心感からのものだとわかってる〟

コドモからオトナに移り変わる狭間でのジレンマ。
そんなことを、いくら大人びているからといって同級生に相談できるはずもない。

それを桃花に見透かされて、麻美は羞恥心よりも僅かに開放感の方が上回り、肩の荷がおりるように吐露する。

「……だから。だから、あたしが〝イイ〟って思った女(ひと)じゃなきゃ、イヤ」

血色のいい唇を尖らせながら、頬を染めたままぽつりと言った。
コドモが大事なおもちゃを取られたくない、という例えがぴたりと当てはまるような麻美の姿に、桃花はクスッと笑いを零す。

「『イヤ』、だなんて。……やけに素直だね?」

夕陽を浴びてる麻美の横顔に、桃花は優しく問いかける。
赤い顔は、夕陽によってごまかされるかと思っても、麻美の照れた表情が隠し切れていなくて桃花はまた笑った。

ちらっとそんな桃花を横目でみて、再び、フン、と顔を逸らした麻美がカップに手を伸ばす。
少し冷めたココアを口につけながら、ぼそりとカップの中へと呟いた。

「……ココア(これ)。飲んでる間は腹を割って……って、約束させたのそっちでしょ」

睫毛を伏せるようにしてココアを飲む麻美の姿をみて驚いた。

(大人っぽくったって、やっぱりかわいいところあるじゃない)

目を細めて麻美を見つめると、桃花も自分で淹れたラテを口に含んで夕焼けを眺めた。
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