世界でいちばん、大キライ。
目を泳がせながら、パニクる頭で懸命に言葉を選んでいると、麻美が先に口を開く。

「今日って教えてくれたのはヒサ兄でしょ。もう忘れたの? 歳ね」
「あぁ? 忘れてねーよ! そうじゃなくて、なんで家にいるんだっつーことだろ!」
「なにテンパってんの? そんなに喜ばないでよ。恥ずかしいな」
「ば、バカか! そーゆーんじゃねぇっ」

今の自分の置かれている状況は、至って真面目にしていなければならないとき。
そう言い聞かせていたのだが、桃花は堪え切れずに吹き出してしまう。

「っあ……。ご、ごめんなさい……」

笑ってしまった直後、久志と麻美、ふたりの視線に萎縮して肩を窄める。
小さな体をさらに小さくさせている桃花を見て、久志は自分の頭をガシガシと掻きながら言った。

「あー……いや、別に〝来んな〟とかそういうんじゃないから……その、なんだ……よくわかんねぇけど」

精一杯気遣っての言葉に桃花は笑みが零れ、なぜだか涙が出そうになって俯いた。

「……ヒサ兄。コーヒーが見当たらないんだけど」
「コーヒー?」
「今、ミルクフォーマーってやつの使い方教えてもらうの」
「あぁ……」

やや気まずい空気が残るながらも、麻美が助け船を出すように割って入る。
麻美がいたことに心から助かったと思いつつ、桃花は心を落ち着けて顔を上げた。

決して広くはないキッチンに三人入ると、久志が大きな手にコーヒーの瓶を持って料理代に置いた。

「じゃ。俺、着替えてくるわ」

ぼそっと頭上から桃花の鼓動を速める低音が降って来る。
桃花はその場にただ固まるだけで、久志を見るどころか指一本も動かせずにいた。

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